病と私(教員2年目の躁うつ日記)

双極性障害と一緒に暮らす大学生→教員()の日記とか思ったこと。

真に達成したいこと

 

私はやりたいことがこれと言ってない。どれも取るに足らない。ディズニー行きたい、お寿司食べたい、焼肉食べたい、単位欲しい、新しいiPhone欲しいetc...

 

これらのことは人生って言う長い目で見るとさほど重要ではないように思う。

 

それは自分の夢でもそう思っちゃう。先生になりたい、議員になりたい、研究者になりたい、玉の輿になりたいetc…

 

全部全部全部、大したことないような、これらを叶えたところで真の幸福を実現できるとは到底思えないのです。(直観だけど)

 

 

でも一つだけ、絶対生きているうちに達成したいことがあるの。

 

ちょっと恥ずかしいけど、

それは「人を愛すること。」

 

人に生まれたのに、富とか名声とか権力とかばっかり追って(それを達成するのもすごいけど)愛を知らずに死んでしまうのって本当に本当に生まれた意味ってない気がしちゃう。

 

私は富も名声も権力も真に人間の幸せにはならない気がする。綺麗事とか宗教ハマってるとかそういうんじゃなくね。 

 

そして愛には正解が存在すると思う。

「愛の形なんて人それぞれ」っていうフレーズはもういいよ。嘘だよ。

 

不正解の愛は絶対に誰かが苦しくて誰かが不満足だよ。

 

宗教っぽくなっちゃうけど、地動説を唱えたコペルニクスは敬虔なキリスト教信者がゆえに、神はこんな複雑な世界を創るはずがない(天動説では説明できないことが多々あったため)、もっとこの世界は美しいはずだと思っていたらしく(諸説あり)、それと同様で不具合が生じるものは真ではないんじゃない?って私は思うの。

 

何言ってんだって、不具合だらけだよって言われるの承知なんだけど、それを調整して調整して愛を継続させてるんだって言うのもわかるけど、不満なく継続できてるならその不具合は不具合じゃないよ。(具体的には喧嘩とか、相手に対するちょっとした不満とか)

 

じゃあその正解の愛ってなんだよって話なんだけど眠くなってきたから明日とかにするね。自分の中で一定の答え出ればだけど。